黄昏どきの 海のいろ
                〜 砂漠の王と氷の后より

        *砂幻シュウ様 “蜻蛉”さんでご披露なさっておいでの、
         勘7・アラビアン妄想設定をお借りしました。
 


生まれ育った王国は、北方の雪と氷の土地であり。
吐息は口許からすぐにも白い靄をまとい、
獣の毛並みで仕立てた暖かな外套をまとわねば、
外出も不可能な極寒の地。
陽が全く射さぬ訳ではなかったが、
人々の肌を灼くほど強いそれになぞ縁はなく。
そのため、緑は短い夏にしか息づかぬ。
国領内にも海岸はあったが、
氷よりも冷たい藍色の波間に、荒々しい怒涛が牙を剥く、
それはそれは厳しくも恐ろしい存在でしかなく。

 『………?』

自分とは真逆で、
年中のほぼを強い陽に照らされていた南の領から
第三妃としてやって来たキュウゾウなぞは、

 炯の国では、
 海と行ったら金のかからぬ天然の娯楽の地だったぞと、

年上のあねさま妃のお話へ、
カナリアみたいに小首を傾げたものである。

 『さよう、炯の国の飛び地領に接する海は、
  殊に穏やかな海岸なのでな。』

流れの急な遠隔海域から、
座礁船や難破船の乗組員が流されて来て
打ち上げられるのも道理という位置であり。
穏やかな海辺へは、女性や子供も涼みにゆくとか。

 まるで異なる“海”への印象へ、
 そういえばとシチロージが思い出すのは

生まれた国からこの王国の首都城、王宮のある都までを、
優雅に運んだ輿入れの道中、
長旅の中途で数日ほどを立ち寄った静かな海岸があったこと。
なだらかな白い砂浜へ
透きとおる更紗でおおうように駆け上がって来、
さわさわと打ち寄せる波の音の、
何と静かな囁きだったことか。
こちらの装束、薄絹のヴェールから
わずかにこぼれた後れ毛をくすぐる潮風の、
何とやさしいそよぎようであったことか。
母国では見たことのない、
穏やかで目映くて、涼しげな青をたたえた海の風景は、
雄大さではなく優しさで、
当時はまだまだうら若い身だった妃の、
ちょっぴり緊張も抱えていた初心な青さを宥めてくれて。
海のおもてや砂浜を照らした、昼間の灼熱や強烈な陽が、
西の果てへと そおと立ち去る黄昏どきには、
さらに格別な風景が心奪ったを、
この地の広大な砂の地を染める茜へ重ね、
とほんと懐かしむ白皙の妃であり。

 「…如何したか。」

そよぎ込む風にゆらゆら揺れるは、窓辺に下がった更紗の風幕。
陽よけや砂よけも兼ねてと、
撒き上がらぬよう飾り鎖を提げて押さえたその帳、
白い手で品よく掻き上げて。
丘の上ならではの眺望、
乾いた色合いの砂漠を遠くに見やっておいでの、
妃の端正な横顔の方へこそ。
その視線が留まってしまわれた覇王様であったようで。
玲瓏透徹、知的な落ち着きの中に紛れ、
憂いとも物思いともつかぬ意味深な気色があるのを、
匂い立つ色香の中へと拾い上げ、

 「何か懐かしいものでも思い出したか。」
 「あれ、そのようなことまで
  御主の眸には あらわになっておりますか。」

大したことではありませぬと言いたいか、
軽やかにほほと頬笑むシチロージではあったが。
その青玻璃の双眸に、日頃の軒昂な清かな光がすぐに戻らぬは、
物思いの中、ずんと深くまでへと意識が潜っていたからだろて。
生まれた土地の冷ややかな風を思わせて、
若かりし頃からも、理知的に淑然としていての、
それは気品に満ちておいででいたが。
理知とは別物の情念もまた、
大人の錯綜を呑んでの、奥深い尋のそれを持ち合わせる第一妃。
真鍮の火皿に灯された黄昏いろの明かりの中、
唐渡りの絹のつややかさに埋もれ、
どこか婀娜な口許見せ、しどけなく微笑む謎めいた貌よりも。
よほどに胸焦がす、淡い何かを思うておいでだったのか、
そして、それを見つかったはあまりに不意を突かれたからか。
微かに視線を揺らめかせ、儚い戸惑い浮かべた横顔の
仄かな翳りと覚束なさへ。
勘兵衛にはついぞなかったそれ、
女性
(にょしょう)の物思いへの詮索というもの、
久しく くすぐられてしまわれたほど。

 「気配に聡い主が、気もそぞろでおったのだ。」

それが気にならぬほど薄情ではないぞと。
胸元へと腕を組み、戸口の縁へ凭れるようになっておいでの身を起こし、
逢瀬の間へその身をお進めになる御主の言へ、

 「何でもありませぬ。」

やはり同じ言いようを繰り返す、
淡色の肌へ薔薇の薄紅散らす頬した妃だが。

 「………。」

その頬へと、間近まで寄られた覇王の手が触れると、
今宵だけは泰然と見返すでなく、
どこを見やるか視線が泳いだのが、
何とも言えぬ惑いを抱えておいでとの示唆をする。

 「何が怖いか。」
 「怖いなぞ…。」

触れた指先の熱に気を取られ、だが、
告げられた言の葉に、迷いが冴える。
間近に立つ彼の、雄々しくも隆と張った筋骨を押し包んで隠したは、
足元まである長いローブのカンドーラ。
白い生地がその襟元から覗く壮年様のブロンズ色の肌を際立たせ、
頑健な肩へと羽織ったビシュトの深色さえ圧倒する、
鋼色の豊かな髪がいや映える、男らしくも精悍なお顔、
あらためてしみじみと見返すシチロージであり。

 「主の指は甘いな。蜜ろうで出来ておるかのようだ。」
 「そのような…。」

捧げ持たれた手が、小娘のように震えはしなかろか。
伏せた睫毛越し、そおと伺い見れば、
暗褐色の真っ直ぐな視線とかち合ってしまう。

 荒らぶる海しか知らなかった身へ、
 光をたたえて燦く、それはおおらかな海を教えてくれた人。
 人目を避けた白亜の四阿
(あずまや)で、
 額をくっつけ、指先だけを搦めて繋ぎ、
 初々しい口づけをこそりとくれた、かの日の君は。
 こちらから見上げれば…臆すこともないまま、
 雄々しさの変わらぬその懐ろへ、
 衒いなく しかと抱いてくださるが。
 切なくも去来する様々な想い、
 どう言えば真っ直ぐ伝わるものかとの戸惑いに、
 青翡翠の眼差しはやはり、心許なく揺れてしまうから。

  いかがしたか。
  いいえ…。

  いいえではあるまいに。
  ………。

ヴェールを額から引き落としてしまい、
現れた髪を無遠慮にも撫でるお人の、
彼には精一杯のやさしき気遣いへ、
ああ、これへは応じなければと根負けし、

  ―― 口を開くと、
     自身を貶めるようなことしか
     告げられぬ気がいたします。

どんな言いよを持ち出したとて、
そう、素直な心の丈を紡いだとて。
皮肉に聞こえぬか、深読みされぬかと心が怯える。
そんな小娘のような弱気でどうするかと、
筋違いな励まし くれそうな気もする。
不思議ですよね、
そうあって欲しい言い回しをと、
構えて繰り出すときほど通じないのもザラだのに。
それとも あれは、
躍起にさせて楽しんでおいでなのでしょうか?

 「………。」
 「………ぁ。」

言ってからハッとした妃が、
その白いお顔を伏せてしまわれるその前に。
薄く微笑っておいでだったそのままな、彼の口許が、
逃れようと思うてのそれか、
咄嗟に楯として出した妃の手を 難無く封じる手際と共に、
高貴な口許への接吻、あっさりと果たしており。

 「………ん。////////」

黄昏いろの風の中でも、それと判るほど色づく頬のあでやかさ。
やや力づくという無理強いを、
身をこわばらせて厭うたのも、最初の数瞬の間合いだけ。
数刻を経れば、やがては搦め捕られてしまっての、
その身も萎えてしまったが。
それでも…離れたお顔へ恨みがましげな視線をくれた、
相変わらずに勝ち気な妃だったのへ。


  そのような鬱屈、抱くとはの。

  似合いませぬか?

  なんの、可愛らしいことを申すと、
  あらためて愛しゅう思えてならぬわ。

  ………知りませぬ。/////////


離せば頽れ落ちそうな、
甘く熟れたその身を宝と腕へ抱き、
自らも夕陽に染まる砂の原を眺めやる覇王様。
精悍な横顔には遥か遠くを見やる眼差しが座っており。
貴方様もその遠き向こうにあった海を重ねたかと、
だがだが、素直に訊けぬ身の屈折を、
ほろ苦く噛みしめた王妃の頬へ、
宵の始まり伝える涼しい風が、
傍らのチャームを揺らして届いた夕の刻だった。




  〜Fine〜  11.06.11.


  *NHK“SONGS”で、高橋真梨子さん特集を見ました。
   有名すぎる『桃色吐息』は、
   自身が恋情に甘く染まる様を紡いだかと思えば、
   女たちはと やや傍観者にもなりのして、
   大人の恋のひとこまを描いてて、雰囲気があって大好きでしたので、
   久々に聴きながら、
   この歌だと あらびあんの覇王様と
   賢夫人ながらも情念は熱い、
   そんなもどかしい何かを秘めたシチさんだろかと、
   思い立っての綴ってみた次第です。

   ……大人の叙情を紡ぐのって難しいなぁ。(根が即物的ですから)

   真梨子さんのお声も素敵ですが、
   作曲した佐藤隆さんのアルバムの方で、
   さんざん聴いたクチでして。
   他の曲もなかなか印象的で素敵でしたよ?
   機会があったら是非vv


ご感想はこちらvv めるふぉvv

ご感想はこちらvv


戻る